『松ヶ根乱射事件』評

daily-komagome2007-10-09

 ときどき嫁のやっている掃除を手伝いつつ、今日もレジュメ作成。
 しかし、ずっと机の前に座り続けているのも不健康で心が貧しくなるので、夕方はゴージャスにも嫁と巣鴨大戸屋へ行くことに。
 満腹になったついでにTUTAYAでCDとDVDを借りて帰る。

 で、レジュメ作成に戻っているところに、AKRと東京に帰省していたサチコ嬢来訪。ついでにシバノも来訪。で、一緒に『松ヶ根乱射事件』(山下淳弘監督/2007・ビターズ・エンド/112min)を観る。これで『リアリズムの宿』からの山下淳弘フィルモグラフィーは踏破したことになる。しかし、これが山下の本領って感じだね。少しの悪意が孕まれた『リンダ・リンダ・リンダ』はまだ上手くいったが、しかし“素”を描いた『天然コケッコー』は無理していた感じだし・・・・要するに、自分を含めたどうしようもなく救われない凡人達の生態=欲望を時に悲しく、しかし時に可笑しく描くことで、「人生」なんてものを相対化する余裕にこそ山下の腕の確かさが潜んでいるのだ。その意味で、この『松ヶ根乱射事件』は、『リアリズムの宿』から、あの旅行者の外部的視線を排除したときに内向し鬱屈する、廃れた地方都市のあの行き場の無さを、しかし今度は、カメラそれ自体が外的視線となって上手く相対化し、かつ、そこにユーモア=笑いを引き込もうとしている感じだ。が、相対化=つっこみ的笑いが足りなければ、どうしようもない無知無能の凡人の生態(=『日本昆虫記』→俺たちは昆虫か!)に単に暗澹となるし、相対化=つっ込みすぎれば、そこに住んで生活をしているという内在的なリアリティが薄れてくる。その難しいところ=合間を上手く纏めました山下監督!ただ確かに、後一歩でグロテスクな「狂気」へと落ち込んでしまう不気味さは湛えた作品ではあった。
 その気を感じたからだろうか、「悪意」に弱いうちの嫁は、ただ単に暗澹となってたな・・・・。